Category: 旅行


富士山が6月に世界文化遺産登録される見通しとなりました。

正確には世界遺産を認定するユネスコが諮問機関「イコモス」(International Council on Monuments and Sites

国際記念物遺跡会議)の調査、審査の結果「登録がふさわしい」として勧告した報告書を元にユネスコ世界遺産センター

が判定、世界遺産委員会で最終審議後、6月に登録を行うので、まだ決定ではないのですが、過去の実例では

イコモスの勧告はほぼ実現しているので富士山の世界文化遺産認定は間違いないでしょう。関係者の皆様、

おめでとうございます。また日本人として嬉しいし誇らしいです。

しかしなぜ文化遺産なのでしょう。実は富士山は20年ほど前から世界自然遺産認定を目指して運動を続けて

いたのですが登山者の不法投棄のゴミで環境破壊が問題となり登録を断念した経緯がありました。

噂によると裾野に自衛隊演習場があったためとも言われています。それで自然遺産登録をあきらめ文化遺産と

しての登録を目指す方向へと方針転換を図ったのだそうです。富士山を信仰や芸術文化を育んだ山として山麓の

神社や浮世絵と関連付けて推薦活動を行いましたが、それが功を奏した形となりました。

自然遺産登録を目指していた時期に富士登山をした事がありました。(会社の研修でしたけど 笑)

登山の様子をビデオ撮影しておりそれをyoutubeにアップしたのでご覧ください。

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「スターツアーズ」から記憶の糸が繋がったのですが、今はなき宮崎シーガイアの全天候型プール

「オーシャンドーム」にもフライトシミュレーターのアトラクションがありました。

シーガイアは2001年に経営破綻してその後ゴルフリゾート主体として再生されましたが、オーシャンドームは2007年に

閉鎖されています。多分、このアトラクションもないでしょう。

タイトルはもう憶えていません。これもビデオを撮ってあったのでyoutubeにアップしてみました。

アトラクションだけでなくプール全体も撮影しています。撮影したのは1995年です。懐かしい・・・。

松島観光が終わってからいよいよ最終目的地、仙台へと向かいました。

この旅の記事もかなり引きずってしまいましたのでそろそろ切り上げるため取り上げるのは

一か所だけにします。それは自由行動で訪れた「せんだいメディアテーク」

この建物は建築家・伊東豊雄の作品で2000年に竣工、2001年に開業されました。

在来の建築の常識を覆した構造で13本のチューブ(ミニタワー)が6層フロアを支えています。

そのチューブの中にはエレベーターやらせん階段が収容されています。

様々な建築賞やグッドデザイン賞を受賞した傑作で世界的にも知られています。

2003年に仕事で、あるイギリス製SF映画の製作現場パインウッドスタジオを訪れたのですが、

美術スタッフルームの壁に資料用の写真が沢山、貼ってあり、その中にこの

「せんだいメディアテーク」があり驚いた記憶がありました。近未来の設定やデザインを

検討する際に資料として使われたと思うと嬉しいですね。

しかし特殊な構造が災いしたのか2011年3月11日の東日本大震災時に7階の天井材が崩落しました。

構造体には被害はなかったそうですが完全復旧には10カ月を要したそうです。

東北地方最大級の37階建て180mの仙台トラストタワーはまったく被害はなかったという話なので

前衛的な建物は耐震性に問題があるのでしょうか・・・。

石巻観光の翌日は松島観光へと向かいました。

松島は湾内にある無数の島が防波堤の役目をして津波の高さが1m70cmに抑えられた為

宮城県の他の海岸地域に比較すると被害が少なかったのだとか。確かに石巻は商店街の中に

更地になっている所が点在しておりシャッターが閉まったままの店、内部が壊滅したままに

なっている店がまだまだ残っていました。それに比較すると松島の商店街はほぼ通常通り

営業しているようでした。遊覧船の乗船率もかなり高かったようです。

しかし一方、自衛隊の松島基地は保有航空機のほとんどが津波で被災し2300億円の損害を出した

そうです。不幸中の幸いにもブルーインパルスは九州へデモフライトに向かっていたため

難を逃れたのだとか。危うくブルーインパルスが全滅する可能性もあったわけです。

遊覧船に乗って穏やかな海を見つめていると、あの3月11日の地獄絵図が信じられませんでした。

餌を目当てに群れで飛んでくるうみねこ達に癒されましたね。

石ノ森萬画館を見学後は石巻商店街を回ってきました。

この商店街には「いしのまきマンガロード」と呼ばれる石ノ森キャラクターのモニュメントが

19体、その他にもイラストや石像など多数のオブジェが設置されている通りがあります。

JR石巻駅から石ノ森萬画館へ向かう道に沿ってこれらのモニュメントが設置されています。

すべてではないですがほぼ全数を撮影。

石ノ森萬画館の内部画像です。撮影禁止の部分もありますのでほんの一部です。

石ノ森章太郎の生家を後にし次の目的地は「石ノ森萬画館」へ。

「石ノ森萬画館」は石ノ森章太郎が中高生時代、放課後を過ごした石巻市にあります。

生家と石巻市はかなり離れているのですが自転車で2~3時間かけて市内の映画館へ

頻繁に通っていて第2の故郷と思っていたとか。

そのため1990年代後半にマンガによる町興しを企画していた当時の石巻市長に協力を要請され

マンガのミュージアム構想が策定されたのだそうです。

ミュージアムは石ノ森章太郎氏の死後、2001年にようやく完成しました。

しかし昨年の東日本大震災の津波被害により「石ノ森萬画館」と石巻商店街は

甚大な被害を受けてしまいました。だが石ノ森萬画館の建物自体は津波に耐え、石巻商店街にある

石ノ森キャラクターの像のほとんどは損傷をうけず、残ったそうです。今、石ノ森キャラクター

たちは石巻市の人々の生きる希望になっているのですね。マンガのヒーローたちが街を救う一助と

なっているとは石ノ森先生もさぞや嬉しいことでしょう。そして石ノ森萬画館は1年8カ月ぶりに

復興し11月17日に再オープンしました。石巻市復興のシンボルになるよう祈っております。

宮城県登米市中田町石森字町にある「石ノ森章太郎ふるさと記念館」のすぐそばに

石ノ森章太郎の生家があります。生まれてから高校卒業するまで住んでいた実家です。

明治時代の建物だそうですがリフォームされているのか、それほど古い感じは

受けませんでした。ここに1938年1月25日に石ノ森章太郎は生まれ1956年に上京するまで

18年間暮らしていたのだそうです。家の中にはテレビやステレオなど1960年代の製品が

そのまま置かれていました。私はなぜか石ノ森氏とは縁があり氏が関わったスタジオ・ゼロに

中学生時代に友人と一緒に忍び込んだ?事があります。忍び込んだわけではなく玄関が

開いていたので見学するつもりで入っていったのですがスタッフの方がなぜか誰もいなかった

のでした。それで勝手に見学して誰にも咎められないまま出てきたのであります。

当時製作中だった「佐武と市捕物控」のセルやフィルムが事務所の机に置いてありました。

社会人になってから、ある仕事の関係で石ノ森氏が勤務先に訪れてきたこともありました。

突然の訪問でびっくりしまして少しだけお話しさせていただきましたが、緊張のあまり

何を話したか憶えていません。でも天才的な大漫画家なのに意外に気さくな方だと

思いました。その時の企画は実現せずに終わりましたが・・・。それから数カ月後

偶然、銀座で石ノ森氏を見かけました。こちらは気が着きましたが先生はワインバーに

入って行かれるところだったのでまったく気がつかなかったようでした。

いや、挨拶できたとしても御記憶に残っていたか分かりませんが・・・。(笑)

その後、先生が亡くなられ、なにかのきっかけで代々木にある石ノ森プロの本社に

ご挨拶に行くことがあり、その際に石の森先生の事務机を見せていただきました。

生前の使用中のままで保存されていて、たまたま席を外しているかのような状態

でした。今回の旅行で生家を訪問できて感慨深いものがありますね。

上の肖像写真の右下に写っているテレビの下のビデオデッキはソニーのベータマックスSL-J9。

石ノ森氏のお気に入りのデッキで新型が出ても買い替えず終生使われたそうです。

このデッキ、会社にもありました。友人も持っていたなあ。

東日本大震災以降、初めての東北への旅を体験しました。(実は社員旅行ですが)

数年前に福島県いわき市を訪れたのが最後で東北方面には行っていないのでした。

世の中には復興ボランティアで何度も被災地に向かった人もいらっしゃるというのに・・・。

今回、宮城県が目的地でしたが、今まで東北へは福島、岩手、山形、青森しか行ったことがなく

初めての宮城県。不謹慎かもしれませんが少し楽しみではありました。

最初に向かったのは宮城県登米市中田町石森字町にある「石ノ森章太郎ふるさと記念館」。

ここ登米市中田町は漫画家・石ノ森章太郎が生まれ育ち高校卒業まで過ごした町。

それを記念して石ノ森氏の功績を讃えるために記念館が建設され氏の生み出した作品や

キャラクターが展示されています。残念ながらエントランスは除き内部は撮影禁止でした。

またこの近所に石ノ森章太郎の生家も保存されており、そこは無料で一般公開されています。

こちらは撮影可能でした。

ビル・ゲイツ別荘

もう先月の話題になってしまいましたが夏休みに長野へ2泊3日の避暑に行ってまいりました。

中軽井沢の別荘地に知人が住んでいるので、毎年夏休みに親戚の山荘から車で遊びに行くのですが

今年は出発直前にネットの掲示板でビル・ゲイツが中軽井沢に別荘を建築中との情報を得ていて

ひょっとすると知人宅の近所かも、と漠然と想像しておりました。軽井沢に到着して知人宅に電話をかけ

都合を伺うと明日、明後日は用事があるので今日が都合が良いとの返事。そのまま知人宅にハンドルを

切りました。知人宅への別荘地帯に進入し、しばらくすると道を間違えたのか、と思うほどの巨大な建築現場が

知人宅のそばにそびえておりました。地形まで変わっていて鉄板の仮囲いに囲まれていた現場の上空は

巨大な屋根が覆っていました。「ひょっとしてこれが・・・」と思いながら、まもなく知人宅に到着。

リビングルームに招きいれられて開口一番に「御近所に凄い工事現場がありますね」と伝えると

御主人が「ああ、あれ、ビル・ゲイツの別荘ですよ。完成は2年後で建築費80億円、地上一階、地下2階建てで

あの屋根はグーグルの衛星に撮影されないようにカムフラージュしているそうです」との返事がありました。

「やはり、そうだったのですね。それにしても巨大な別荘ですね・・・。しかし中軽井沢に別荘とは・・・。

ところでビル・ゲイツは建築現場に来ているのでしょうか」と尋ねると、「ハルニレテラスでビル・ゲイツらしい

人の目撃例があったそうです。」との返事が。やはり来ているのでしょうか・・・。

しかし、なぜ中軽井沢なのでしょうね。まあ軽井沢は元々、外人宣教師が開拓した避暑地で欧米人には居心地が

良いのでしょうか。ジョン・レノンも度々、訪れていたという話ですし。ビル・ゲイツはジョンの心酔者と言われて

いるのでジョンの好きだった軽井沢を選んだのでしょうか。それと中軽井沢は軽井沢に比較すると

人口が少なくプライバシーが保てそうな環境にありますね。