宮城県登米市中田町石森字町にある「石ノ森章太郎ふるさと記念館」のすぐそばに

石ノ森章太郎の生家があります。生まれてから高校卒業するまで住んでいた実家です。

明治時代の建物だそうですがリフォームされているのか、それほど古い感じは

受けませんでした。ここに1938年1月25日に石ノ森章太郎は生まれ1956年に上京するまで

18年間暮らしていたのだそうです。家の中にはテレビやステレオなど1960年代の製品が

そのまま置かれていました。私はなぜか石ノ森氏とは縁があり氏が関わったスタジオ・ゼロに

中学生時代に友人と一緒に忍び込んだ?事があります。忍び込んだわけではなく玄関が

開いていたので見学するつもりで入っていったのですがスタッフの方がなぜか誰もいなかった

のでした。それで勝手に見学して誰にも咎められないまま出てきたのであります。

当時製作中だった「佐武と市捕物控」のセルやフィルムが事務所の机に置いてありました。

社会人になってから、ある仕事の関係で石ノ森氏が勤務先に訪れてきたこともありました。

突然の訪問でびっくりしまして少しだけお話しさせていただきましたが、緊張のあまり

何を話したか憶えていません。でも天才的な大漫画家なのに意外に気さくな方だと

思いました。その時の企画は実現せずに終わりましたが・・・。それから数カ月後

偶然、銀座で石ノ森氏を見かけました。こちらは気が着きましたが先生はワインバーに

入って行かれるところだったのでまったく気がつかなかったようでした。

いや、挨拶できたとしても御記憶に残っていたか分かりませんが・・・。(笑)

その後、先生が亡くなられ、なにかのきっかけで代々木にある石ノ森プロの本社に

ご挨拶に行くことがあり、その際に石の森先生の事務机を見せていただきました。

生前の使用中のままで保存されていて、たまたま席を外しているかのような状態

でした。今回の旅行で生家を訪問できて感慨深いものがありますね。

上の肖像写真の右下に写っているテレビの下のビデオデッキはソニーのベータマックスSL-J9。

石ノ森氏のお気に入りのデッキで新型が出ても買い替えず終生使われたそうです。

このデッキ、会社にもありました。友人も持っていたなあ。

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