特撮博物館の展示物は東宝や円谷プロの作品に登場したミニチュアや着ぐるみ、プロップが多いのですが

そのほとんどが会社所有の物ではなく個人所有の物だそうです。当時、ミニチュアは撮影が終わると

ゴミ同然の不要の物だったので廃棄処分になる物が多かったのです。しばらくは保管しておくにしても

毎年、特撮番組や怪獣映画や戦争映画が作られれば使用済みミニチュアの数も増えていき保管場所にも困る状況に

なってしまいます。なので野ざらしで放置され挙句の果てに廃棄、というケースも多かったのでしょう。

スタッフや関係者の子供に贈与する事も多かったようです。またマニアな子供だと欲しがったでしょうし。(笑)

実際、私もマイティジャックの撮影終了後に撮影所に遊びに行ったら、スタッフの方に「MJ号、欲しかったら

やるよ」と声をかけられました。しかし2mもの金属製の模型を持って帰る手段と保管するスペースがないので

あきらめました。(苦笑) しかし廃棄処分になっていた30センチほどの石膏製のMJ号はゴミ箱の中から拾い出し

我が家に持って帰りました。これは本体は石膏製で翼はバルサで作られていました。模型としての完成度や質感は

かなり低く、かなり割り切って制作されたのでしょう。水中ダイブシーンに使われたタイプのようで、大型水槽に

投げ込んだためか艦首が折れて消失していました。このMJ号はまだ保管してあります。

そういえば昔、「さよならジュピター」撮影中の東宝撮影所の中を見学させていただいた事があったのですが

「日本海大海戦」や「太平洋の嵐」に使われたと思われる戦艦や空母の大型ミニチュアが野ざらしになっていました。

これらも廃棄処分になったのでしょう。特撮博物館には一隻も展示されていませんでした。

マイティジャックを撮影していた撮影所は「栄スタジオ」という名前で円谷の所有ではなく貸しスタジオでした。

当時、農家の大地主の方が映画会社に節税対策として勧められ貸スタジオを建てたのが栄スタジオだと言う話です。

「これからはテレビ番組の製作が本格化するので撮影所の需要が多くなる」との売り文句だったそうですが・・。

この話は、当時、怪獣制作工房「エキスプロ」にアルバイトで働かれていて、のちにレインボー造形企画を創立された

前澤さんに覗いました。私はエキスプロも小学生時代に見物に行き(こっそり)ウルトラ怪獣のデザインスケッチを

目撃して衝撃を受けていたのですが、その頃、その絵から着ぐるみを作り上げていたのが若き日の前澤さんだった

のでありました。数十年後に仕事で再会するとは夢にも思わなかったですね・・・。話はちょっと脱線しました。

この栄スタジオに通いつめて有川貞昌特技監督にお近づきになり、ミニチュア製作方法を紹介されたミニチュア製作

スタッフの方に伝授させていただいたのですが、戦艦や航空機などの機体は板金、石膏、バルサで作るのは理解して

いました。分からなかったのが戦闘機などのキャノピー(透明な風防)の作り方です。紹介していただいたスタッフ

の方に「キャノピーはどうやって作るのですか?」と聞きました。するとスタッフの方は「塩ビをシボるんだよ」と

答えました。「エンビをシボル」とは・・・。まったく理解不能、そんな言葉も初めて聞きました。

「え?エンビですか?」と言うと「イチゴの入れ物に使われている透明な薄いケースがあるでしょ。あれですよ」

と教えてくれました。シボるというのは加熱して柔らかくした素材を型に押し当てて成形させる事だそうです。

キャノピーの型と抜き為の穴が空いた型の二つを用意し塩ビを挟み込み成形すると教えてくれました。

早速、家に帰ってから言われた通りに型を作り塩ビ素材を用意して試みましたら何回目かに成功しました。

あの時は嬉しかったです。今回、特撮博物館にも同じ塩ビを絞る型が展示してありこれも懐かしかったですね。

こんな展示物で懐かしがっている人間はほとんどいないと思いますが・・・。(苦笑)

↓は拾ってきたMJ号プロップ。デジタル一眼レフの高解像度の前には鑑賞に耐えられません。(笑)

↓は栄スタジオのミニチュア製作スタッフの方に製法を教わって作ったオリジナルデザイン飛行メカ。

本体及び翼はバルサの削り出しで、キャノピーは塩化ビニール板を加熱し木型でプレスしました。

コクピットの中のパイロットは1/72の長谷川製ジェット戦闘機のプラモデルから流用しました。

デザインはオリジナルですがサンダーバードやマイティジャックのメカデザインの影響をかなり受けています。
1968~1970年ごろにかけて製作しました。

↓は東宝撮影所に野ざらしになっていた戦艦や空母。

広告