Archive for 9月, 2011


スカイツリーに動きがない、と書いたばかりでしたが、本日唐突に6号クレーンが

展望台に載っていました。いよいよ5号クレーンの解体ですね。

スカイツリーの建設工事は塔体や展望台、アンテナ部がほぼ完成しており外観に関しては今後

もう変化はないと思いますので、定点観測のテーマを変更して違う視点からのスカイツリーや

周辺環境の魅力を探っていきたいと思います。そこで今後しばらくはスカイツリーの見える

レストランという企画で画像を紹介していきたいと思います。

まず第一弾はスカイツリーに最も近いレストラン、ということで本所吾妻橋のアサヒビールタワーの

レストランからの眺望を紹介いたします。実はもっと近いカフェレストランがありますが、近すぎて

スカイツリーが収まりきらないので、そこは別の機会にいたします。(笑)

では、記念すべき第一弾は「ラ・ラナリータ」浅草地域では随一の眺望を誇るイタリアンリストランテ。

金の炎(フラムドール)のモニュメントが目印となるアサヒスーパードライホールを足下に置く

アサヒビール吾妻橋ビルの22階にあります。フラムドールの内外装はフィリップ・スタルクの手になる

デザインですがラ・ラナリータのインテリアデザインは内田繁氏。日建設計によるビールジョッキに

見立てたビルの泡部分の建物構造に呼応した空間デザインを展開しています。

超高層からの眺望を楽しめるレストランは今や珍しくはないのですがリバーサイドが眺められる店は

あまり多くはないでしょう。隅田川のゆったりとした川面を眺めていると時が経つのを忘れます。

天井の高さも印象的です。しかし築18年の歳月は感じてしまいますね。モダンですがいまや既に古い

センスだと思います。ところが一昨年から建設が始まった東京スカイツリーがウィンドウから見えて

このレストランが全てにおいてかなりランクアップしました。スカイツリー目当てのお客もかなり、

いるのか以前よりお客さんが多いような気がします。そういえば店全体にも活気が出てきたような。

スタッフの接客も明るくなり、料理も平凡ですが、丁寧な味付けや調理になってきたと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東京スカイツリーはしばらく変化がないので定点観測は休止中。

撮影場所や視点を変えて今まで見た事のようなスカイツリーの映像を記録したり新たなテーマの

スカイツリー画像を探求してみます。

まずスカイツリーと小田急ロマンスカーのツーショット。成城コルティ4階からの撮影です。

震災復興建築

蔵前税務署の向かいに東京電力蔵前変電所があります。この建物はシンプルかつ古典的で端正な

美しさを湛えていますが、竣工はなんと昭和8年(1933年)、今から78年も昔の建物です。

とてもそれほど古い建築とは思えません。実はこの建物は関東大震災の後に建築計画がスタートし

焼け野原、瓦礫の山となった台東区の復興のシンボルとして建設された震災復興建築の一つなのです。

モダンなデザインで街に新しい息吹を与え人々に生きる気力をあたえようという意図がありました。

また東京電力は電気を使って新しい生活や街作りに貢献しようという計画も持っていたそうです。

この建物のデザインを見ていると復興のための清々しい気力がみなぎっているように感じられます。

今回の東日本大震災では東京電力はまったく正反対の役割を演じてしまいました。皮肉なものです。

昨日は2001年9月11日の同時多発テロが10周年の日でした。

早いものです。あれから10年。つい、数年前のように鮮烈にあの時の記憶が蘇ります。

当時、会社で聞いていたFM放送のニュース速報で世界貿易センターに小型機がぶつかった、

という第一報が流れました。その時はセスナ機が間違えて衝突したのか、程度の認識しかなく、

あのような大惨事だったとは想像もしなかったですね、その後、社員の誰かがテレビのスイッチを入れ、

そのニュースを生中継している放送を見て愕然としました。貿易センターのど真ん中に大穴が開き火災が

発生して煙が出ていたのです。「これは大事故じゃないか!」と社内も騒然となりました。

しばらく放送を見続けていました。すると、そこへ2機目の突入が!更なるショッキングな映像に

言葉も失いました。「このビル、消火はともかく、修理するの大変だろうな」と内心、打ちひしがれて

いたのですが、それどころではない最悪の事態に陥っていったのでした。

実はこのテロの2年前、1999年にこの世界貿易センターに登って食事した事があったのです。

出張で訪れていたのですがニューヨークの食事は、どこも不味いものばかり。しかし、この

世界貿易センター107階にあったレストランは美味かった、そんな記憶が残っていたのです。

その時の動画がこちら。

なのでこのビルが燃えている映像は耐えがたい、目を覆いたくなるものでした。

現在、世界貿易センター跡地は「グラウンド・ゼロ」と呼ばれています。それで思い出したのが・・・。

この1999年の出張の際、会議でアメリカの弊社グループ会社の現地人スタッフ(アメリカ人)と

ある商品のネーミングを検討していました。その際、こちら側から「ゼロ○○○~」というアイデアを

出したところ、アメリカ人の彼は「ゼロは良い意味ではない。負のイメージだ」との返答が。

日本人としてはゼロ戦とか、かっこ良い響きがあったのですが、彼にはきっぱり否定されました。

ゼロって良い意味ではないのか、との印象が強く残りました。その2年後、あの地がグラウンド・ゼロ

と命名され、その意味が分かったような気がします。

 

 

先週、「フォリオリーナ・デッラ・ポルタ・フォルトゥーナ」移転の話を教えていただいたギャルソンの

いる雷門のイタリアンに再訪。例の女性ギャルソンに「フォリオリーナ~」に伺った、という話を

伝えました。彼女、「料理はいかがでした?」と聞いてきたので、「いや~ちょっと変わっているけど

凝った料理でしたよ」と答えました。彼女は「どんな料理だったのですか?」と興味津津だったので、

持っていたデジカメの画像を再生して見せてあげました。私が「例えばこんな豆玉のようなパスタが出ましたよ」

と説明すると、彼女「ああ、これサルデーニャのフレーグラですよ。セモリナ粉で作られているんです」

と、ずばり言い当てました。私はちょっと驚き「え!さすが、ですね。それですよ」と答えました。

いや、でも本当にイタリアンのプロなんだなって改めて尊敬しましたね。

そのフォリオリーナ~のフレーグラの画像です。↓

もう九月になってしまいました。夏休みの記事は何も書かないうちに・・・。

備忘録として軽井沢のイタリアンを一軒、書いておきます。その前にちょっと前置きを・・。

中目黒に「フォリオリーナ・デッラ・ポルタ・フォルトゥーナ」という長い名前のイタリアンが

ありました。一日に一組しか予約を受け付けないということで、いつも予約で一杯、幻の名店として

グルメの間では有名な店でした。その店が、今年の1月に軽井沢に移転したというのです。

この話は私が時折、訪れる雷門のイタリアンの女性ギャルソンから聞きました。

軽井沢には毎年、訪れるので、行けたら行ってみようと思い、帰宅後、検索してみました。

場所は軽井沢といっても中軽井沢でハルニレテラスやブレストンコートのちょっと先に位置します。

そして、なんと7月から8月までは通常のレストラン営業(つまり一組限定ではない)との事。

予約が取れる可能性がぐっと高くなります。期待しつつ、すぐに電話してみました。

すでに結構埋まっていましたがラッキーな事に滞在予定期間中に一日だけ空いていました。

ためらうことなく、その日に予約を入れてしまいました。(笑)

店名の「フォリオリーナ・デッラ・ポルタ・フォルトゥーナ」とはイタリア語で「幸せを司る小さな葉」

という意味です。オーナーシェフご夫妻の名前が由来だそうです。(小林幸司、葉子)

そしていよいよ当日、中軽井沢を目指します。国道18号を中軽井沢交差点で駅と反対方面の鬼押出しへ。

(軽井沢から来た場合右折です)そして国道146号を北上、ハルニレテラスやトンボの湯を越え、

塩壺温泉付近で左側、「韓国料理 三清洞」の手前のイタリア国旗が出ている小道を左折します。

するとすぐにシンプルなテラスがある一軒家が目にはいり、そこが目的地です。

周囲は静けさに包まれた自然林。まるで個人の別荘にお邪魔している気分です。

ランチで訪れましたが、夜だと更にその雰囲気が強くなるかもしれませんね。

通常は1日一組なので4人から6人程度の定員で大きめの一つのテーブルを囲むそうですが

夏季シーズンは5組以上入店できるようにオープンデッキでのサーブになりますが、この日は、

かなり涼しく上着を着る必要がありました。酷暑の東京とはかなりの温度差がありますね。

メニューは2つしかありませんでしたので、一応デザートのある方でお願いしました。

少ししてから前菜が運ばれてきましたが、かなり個性的な味です。食材も今までに見たこともないもの。

シェフから材料や調理法の説明があるのですが初耳の食材や手の込んだ数段階に渡る調理法など情報量の多い

内容を、早口で述べられるので、脳がまったくついていきませんでした。(苦笑)

次に出てきたパテもデザートワインで煮込んだ塩と酢で漬けた杏花のつぼみを野菜のスープとオリーブオイルで合わせ

オーブンで焼いた物をつぶしてパテにしたもの。まるで化学の実験のよう。(笑)

パスタもユニーク。イタリア・サルデーニャ地方の郷土料理のデュラムセモリナ粉で作られたフレーグラという

パスタです。ムール貝はモンサンミッシェル産。ちょっと風変わりな料理でしたが美味しかったです。

メインディッシュはスペイン・イベリコ豚の頬肉の煮込み。それに添えられているのがジュニーバベリーの

ネズの実で香りをつけた緑のオリーブと小さなトマトを天火で干したものとフランスのラットという種類の

ジャガイモを白ワインで煮込んだもの。よく分からん・・・。しかし濃厚で奥深い味と柔らかな食感。

絶品でした。一般的に高級イタリアンかと言われれば、ちょっと違う感じがします。見た目も豪華、華麗

モダンな感じではありませんし。まあ、今回は夏季シーズン仕様なので通常営業の1日1組のスタイルでの料理を

食べてみないと完全な評価はできないと思います。いつか予約が取れれば再訪してみたいですね。

ところでシェフの小林さんは気難しそうな顔で早口の難解な説明をされるので、さぞ職人気質か鬼才料理人か

と思っていましたが、帰りがけにちょっとお話しする機会がありまして、意外に(失礼)気さくな方だと

判明しました。色々雑談しているうちに地震があり、それがきっかけで話題は3月11日の事に。あの日は

軽井沢も大揺れでひょっとして浅間山が噴火したのか、と思ったそうです。続いて長野県での震度6の地震。

その影響で、まったく予約が入らなくなって休業状態だったと話されていました。5月頃からぼちぼちと

お客さんが戻り始め、夏になってからは、席が埋まるようになってきたそうです。