建設が着々と進む東京スカイツリー。現在、高さは461mに到達。
ついに展望台の外壁パネルが貼られ始めました。
 
 
早くも周辺地域が観光地化しているのはニュースやネットの情報でも
語りつくされ今さら言うまでもないですが、果たして2012年のオープン
以降はどうなるのか。観光客が押し寄せ、展望台入場者の行列2~3時間
待ちになるのは必至でしょうね。
スカイツリーの周辺は当然の事ですが、恐らく浅草もかなりの経済波及
効果があるかと推測されます。事実、すでに外人観光客は年間2000万人
も訪れているそうです。
 
 
現在、浅草は伝統的な下町の観光地としてイメージが定着していますが
江戸、明治、大正時代は観光客が津波のように押し寄せる東京随一の
大規模な観光地だったそうです。
明治時代には当時、日本で最高の高層ビル、12階建ての「凌雲閣」が完成、
日本初のエレベーターも備えていたため凌雲閣は大人気を博しました。
現在の東京スカイツリー人気がオーバーラップしてくる話です。
浅草が時代の最先端を追求していたのは明治時代からの伝統なのですね。
 
私の母親は戦前の銀座生まれで小学校に入る前に上野に引越し浅草へは
時々、遊びに行っていたそうですが、当時の浅草は観光客が大勢押しかけ、
周辺道路では人を避けないと歩けないほど混雑していたそうです。
 
 
 
浅草・凌雲閣
 
↑は浅草の高層ビル凌雲閣の画像。
実は江戸東京博物館の展示ミニチュアですが・・・。
7~8年前に館内にてデジカメで撮影した画像です。 
明治23年10月に竣工した12階建ての高層ビル「凌雲閣」は
当時、日本では最も高いビルで、日本最初のエレベーターが取り付け
られ大人気を博した建物だったそうです。残念ながら関東大震災で
上層階に大きな被害を受け、危険だと言う理由で 完全に爆破されて
しまいました。確か江戸東京博物館の展示ブースで当時のニュース
映画の 爆破シーンが上映されていたと記憶しております。
その後、江戸東京博物館には何回か見物に行ったのですが、
運悪く「凌雲閣」のコーナーは改装中で見られませんでした。
 
 
↑が江戸東京博物館の内部改装中の画像です。
 
1986年まで田原町に仁丹塔という仁丹の広告塔が建っていたのですが
それが凌雲閣の復刻だったそうです。私は一回だけ見たことがあります。
仕事で打ち合わせにきて通りすがりにちらっと見たのですが、
その時は古臭い建物が建っている、ぐらいにしか印象にありませんでした。
老朽化して取り壊されてからそのことを知り写真を撮らなかった事を後悔しました。
 
青梅の昭和レトロ商品博物館の別館、昭和幻燈館にも凌雲閣の
ミニチュアが展示されていました。
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