もう、あの日から5年が経ってしまいました。
忘れもしない2001年9月11日。いや一生忘れる事はないでしょう。
いやいや、忘れてはなりません。人類が記憶に留めるべき出来事です。
 
ところで2001年は私にとって記念すべき年になるはずだったのです。
1968年に製作されたSF映画の金字塔、スタンリー・キューブリックの
「2001年宇宙の旅」。この映画に描かれた33年後の未来の世界の
宇宙船や宇宙ステーション、月面基地、小道具のデザインは素晴らしかった。
美しく、未来的なデザインは私を虜にして、一生懸命、その映像のセットの
写生画や自分なりに修正したデザインスケッチを描きまくったのです。
そして、大人になったら、あのような美しい未来社会を実現化しようと
思っていました。未来の車、未来の乗り物、ハイテク機器、家具などを
デザインして美しい未来の世界や都市を作りあげたいと考えたのです。
しかし、大人になったらやや違うジャンルのデザイナーになってしまいましたが
未来の機械をデザイン出来るのには変わりありません。自分なりに満足できる
結果は残せたかと思いました。しかし、現実の西暦2001年は皮肉な事に
素晴らしくも、美しくもない、逆に恐ろしく、残虐な、おぞましい年になってしまいました。
2000年の大晦日、明日からついに2001年だ、と心を躍らせていたのも束の間、
ご近所の知人Mさん御一家が惨殺されてしまい、暗い2001年の始まりを迎えたのも
忘れられません。
 
私は911テロの第一報は残業中に会社のFM放送のニュースで知りました。
最初は誤報でWTCに小型機が突っ込んだと放送していましたので
あまり、大きな心配はしていませんでしたが、その後、旅客機が突っ込んだという
ニュースが流れて、びっくりして残業の手を止めテレビのスイッチを入れました。
ビルに大きな穴が空いて炎と煙が噴出していて驚愕しました。そして2機目が
突入する場面を生中継で見てしまいました。この時に自爆テロだ、と気が付いたのです。
WTCは1993年にも地下駐車場で爆弾によるテロ攻撃を受けていました。
そして、1999年に私は海外出張の折、WTCに登ったのですが、爆弾テロのことは
頭の片隅にもありませんでした。107階からの素晴らしい夜景と美味しいディナーに
酔いしれていたのです。しかし、それも、二度と体験できない思い出になってしまいました。
崩落するWTCを見ながら「なんてことをしてくれたのだ!」と心底から思いました。
でも家族や友人を亡くした方は、もっと悔しくて悲しい思いで一杯でしょう。
心から哀悼の意を捧げたいと思います。そして、2001年を迎える事ができなかった
ご家族も安らかにお眠りください。
 
 
 
広告